「HDR」という言葉を聞いたことはありますか? テレビやスマホの「画質」に関わるこの技術、写真と動画で大きく違うものです。知っているようで知らないその仕組みと特徴を解説します。
写真のHDRと動画のHDRは別物
HDR(エイチディーアール)は、High Dynamic Range(ハイダイナミックレンジ)の略称で、写真や動画で、明るさをより従来のテレビやパソコン、スマホで扱っていたものより現実に近い明るさで表現する技術の総称です。
HDRではない写真や動画はSDR(スタンダードダイナミックレンジ)と呼ばれます。
HDRを大まかに説明すると、明るいシーンの映像や、暗いシーンの映像を、SDRよりも実際の見え方に近い表現にする技術です。
人の眼は、現代のデジタルカメラやディスプレイよりも暗い場所でよく見えるようにできています。たとえば、夜に部屋の電気を消すと周りが見えなくなりますが、目が慣れてきて周りの物が見えるようになるという経験は誰にでもあることでしょう。
ライトアップされた夜景を撮ったとき、明るい部分が白っぽく写ってしまった……といったことはありませんか。また、映画をスマホで観ていたとき、暗いシーンで見えづらくなったことはないでしょうか。
HDRは、こうした「白飛び」や「黒つぶれ」を抑えて撮る・観せる技術の総称です。
言い換えると、これまでの写真よりも明るいところは色鮮やかに、暗いところも精細に表示して、目で見える明るさに近いものを目指そう、というのがHDR技術です。
▲HDR技術のイメージ(出典:Dolbyニュースルーム)
HDRという言葉は、写真(静止画)と動画の両方で使われていますが、どのように実現しているのかは異なります。スマホ写真のHDR撮影機能は2010年頃から採用されるようになり、動画のHDRは2016年頃から4Kテレビの再生機能として搭載されるようになりました。
写真のHDR:暗い写真と明るい写真を合成
写真撮影での「HDR」という言葉を使う場合、多くのスマホで導入されているHDR撮影機能のことを指します。
iPhoneでは2010年発売のiPhone 4から搭載しています。最終的に作られる写真は一般的な画像ファイル(JPEGファイル)ですが、HDR撮影ではない写真と比べると、暗い部分や明るい部分がよりくっきりと描写されます。
HDR写真撮影の一般的な仕組みは、「複数枚の写真を撮影して合成する」というものです。シャッターボタンを押したとき、スマホは暗めの写真と明るい写真を同時に記録し、それを合成して、暗い部分と明るい部分を補った写真が作られます。
HDR撮影の合成の精度は、スマホがどの程度の計算処理をできるかによって異なるため、基本的にはハイスペックなスマホほどHDR撮影の性能は高くなります。
HDR写真撮影の向き不向き
HDR撮影機能は、特に明暗差があるシーンで使うと効果的です。たとえば「日差しの入る室内」や「曇り空の屋外」といったシーンでは、窓の外や空が白飛びするのをHDR撮影で抑えることができます。また、「都市の夜景」では、看板やイルミネーションのような明るい光源をより正確に記録できます。
▲iPhone 12 miniで撮影した写真。「HDR オン」設定では看板の白飛びを抑えている
一方で、HDR撮影機能には、被写体の発色を引き立たせる効果があります。もともと鮮やかなものを撮ると、違和感のあるような写りになることがあります。たとえばジューシーな赤身肉のような、もともと鮮やかなものを撮ると人工的な見た目になることがあるかもしれません。
また、連写した写真をもとにしているため、ほとんど明るさのない場所で使うと手振れの影響を受けやすくなります。撮影時にスマホをしっかり構えることを意識するとよいでしょう。
なお、スマホによっては、シーンを判別して自動でHDR撮影にするか選んでくれる機種もあります。iPhone X以降のiPhoneでは、設定アプリの「写真」の中にある「自動HDR」の項目をオンにすると、必要なシーンだけHDR撮影が有効になります。
iPhone 12シリーズが搭載するHDR撮影機能「スマートHDR3」では、AI技術を応用して一歩進んだアプローチを取っています。
写っているものを識別して、空の部分だけにHDR効果をかけたり、料理の写真はHDR処理をしなかったりと判断して、より見た目に近い写真を作成するようになっています。
動画のHDRは「観る」と「撮る」がある
スマホで動画のHDR機能をチェックするときには、それが「観るHDR」の話か「撮るHDR」の話かを確認する必要があります。
「観る」HDR動画は4Kテレビの普及によって一般的になってきました。スマホでも2020年発売のモデルでは幅広い機種で対応しています。一方で、HDRで「撮る」方は対応しているスマホは少なめです。
観る:スマホと動画の両方の対応が必要
▲動画用HDRの1つ「Dolby Vision」の再生イメージ(出典:Dolbyニュースルーム)
動画の「HDR」は、動画の記録方法と再生の仕組みでいくつかのメジャーな規格が存在します。表示する機器(スマホやパソコン、テレビ)と動画コンテンツ(映画など)の両方が同じ規格に対応していれば、HDRで再生されます。
【主なHDR規格】
・HDR 10/HDR 10+
・Dolby Vision(ドルビー・ビジョン)
・HLG(ハイブリッド・ログ・ガンマ)
ただし、実際にはスマホがどのHDR規格を再生できるのかは、あまり気にする必要はありません。
Dolby VisionはHDR 10をもとに拡張された規格で、Dolby Visionに対応しているなら、HDR 10対応のスマホでもHDR 10相当で再生できます。
ちなみに、Dolby Vision方式は米ドルビー社が業界共通の「HDR 10」規格を拡張したもので、動画の1フレーム毎に輝度の情報が記録されるため、より忠実な表現ができるとされています。
HLG方式は主にテレビ放送で使われる規格で、NHKのBS4K放送などで採用されています。スマホの動画配信アプリでは、主にHDR 10/10+方式かDolby Visionが使われています。
動画配信アプリでは、YouTube、Netflix、Amazon プライム・ビデオ、U-NEXTなどがHDR動画を配信しています。
これらのアプリでは、作品の再生画面で「HDR」という表示があり、HDR対応かどうかが判別できます。
YouTubeアプリもHDR再生に対応しています。動画がHDR画質で投稿されていれば、HDRで鑑賞できます。画質設定でもっとも良い画質を選ぶと、HDR再生になります。
なお、一般的にHDR動画は通信量を多く使うため、光回線のWi-Fiや、5Gの使い放題プランなど、安定した通信ができる環境で観るのが望ましいでしょう。
撮る:動画をHDRで撮れるスマホは少ない
動画をHDRで「撮れる」スマホは、現状ではまだ限られています。Androidスマホでは2019年に発売されたGalaxy S10/Note 10以降の最上位モデルでHDR 10+方式の動画撮影に対応しています。
また、iPhoneでは2020年秋に発売されたiPhone 12シリーズがDolby Vision形式のHDR動画撮影に対応しています。iPhoneがHDR動画撮影に対応したことで、今後、他社のスマホでも上位機種を中心に対応する例が増えそうです。
▲iPhone 12シリーズはDolby Vision方式のHDR動画撮影にスマホとして世界で初めて対応
スマホで撮影したHDR動画は、同じHDR規格に対応していれば他のスマホやパソコンやテレビなどでも視聴できます。iPhoneで撮ったDolby Vision形式のHDR動画は、HDR 10規格対応のテレビやパソコンでも視聴できます。
ただし、HDRで撮った動画をSNSなどにアップロードしたり、iPhoneのAirdrop機能を使ってシェアする際には、ファイルが変換されてHDR動画ではなくなってしまうこともあり、注意が必要です。HDR動画のまま共有したいときは、YouTubeのように、HDR動画のアップロードに対応している動画投稿サイトを使うと良いでしょう。
また、HDRで撮った動画はファイルサイズが大きくなりがちで、スマホの保存容量を圧迫する可能性もあります。HDR動画をたくさん撮りたいなら、保存容量が大きめのスマホを選ぶのがおすすめです。